『びわ湖環状線に死す』西村 京太郎

小説

今回は小説『びわ湖環状線に死す』西村京太郎著のご紹介。
トラベルミステリーで有名な西村京太郎の琵琶湖を舞台とした作品。

一人の人間の死によって悪の連鎖が巻き起こる。
十津川警部も各土地を回って奮闘。

書籍の情報を以下にまとめます▼

INFO
タイトル:『びわ湖環状線に死す』
著者:西村 京太郎
出版社:講談社文庫
発売日:2022年7月15日(第1刷発行)
メモ:琵琶湖を舞台にしたトラベルミステリー

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あらすじ

身寄りのない重病患者を収容する東京の施設で、森本久司が亡くなった。遺族を探すため、遺品を手がかりに滋賀へ向かった職員の柴田のもとに、森本の娘の情報が入る。指定されて乗った列車内で、柴田は女性の死体を発見する。遺品が引き起こす殺人の連鎖!琵琶湖周辺の闇に潜む犯人を十津川警部が追う!

『びわ湖環状線に死す』裏表紙より

読書感想

余生の過ごし方

人間には寿命がある。
しかし、私たちが死神でない限り寿命の細かな数字はわからない。
ただ、明らかに残りの寿命が少ないという人はわかるらしい。

残りの寿命が少ないと分かったとき、私たちはどのように日々を過ごしていくのだろうか?
人によっては意気消沈してしまい、残りの寿命を早足で駆け抜けてしまうこともあるだろう。

パッと頭の中に浮かぶのは、余生は穏やかに親しい人と過ごしたいという気持ちだ。
この考え方は贅沢である。
なぜなら、世の中には身寄りのないこのような人がたくさんいるからだ。

身寄りのない人が末期癌などで残りの余生を過ごす場としてホスピスというものがあるらしい。
単身の高齢世帯が増えている現代で、「看取り介護」の需要が高まっているようだ。

老人ホームとは違い、治癒が望めない、治療は行わない点がある。
入居者本人が自分の病名を知り、自らの状況を理解する必要があるということだ。

この世の最後の光景が親しい人の姿であることは、限られた人にしか訪れないかもしれない。

善意の拠り所

いつでも他者のことを考えて行動が取れる人は立派である。
人からも好かれ、みんなの見本となる人だ。

しかし、良かれと思って行ったことがきっかけで大きな事件の引き金を引いてしまうこともある。
こんなに悲しいことはないが世の中というものはそういう一面もある。

一生懸命努力をしても夢を叶えられない人がいることと似ているかもしれない。
ただ努力をしないとそもそも夢は叶えられないのも事実である。
私たちは無駄になるかもしれないことを承知の上で自らの価値を上げていくことになる。

善意とは無形である。
すなわち気持ちだ。
形あるものが目立ってしまったとき、もうそれは善意ではなく自己満足だ。

善意の主張ほど痛々しいものはない。
これも努力と似ていて、善意は他者が評価するものである。
その人には当たり前なことが他者から見て評価に値する。

この世の中の評価制度はいつだって他人によって決まる。

跡取り息子

カリスマ社長の退任に伴って、その息子ないし娘が社長になることがある。
同族会社がうまくいくパターンも大いにあるが、失敗すると目立つ。
その理由はいろいろあるだろう。

まず、カリスマ社長(会社創設者)はゼロからイチを生み出すことができる。
この経験を後取り社長はすることができない。

最初の数年間はそれでもなんとかやることは可能である。
しかし、ファッションが12年周期で回っていると言われるようにどこかでリセットが走る。
そこで初めてゼロからイチを生み出すのと似たことをする必要が出てくる。

いわゆる大きく舵を切る作業である。
この工程をスムーズに行うことができないと、内部から文句が出る。
皮肉にも、会社創設時とは比べ物にならないくらい規模が大きくなっている。

まとめ

小説『びわ湖環状線に死す』は、ある人物の善意が事件を拡大していくことになります。
東京都内にあるホスピスに入居していた老人が亡くなり、その遺品を遺族に渡してあげたい。
そんな善意な気持ちがある引き金を引いてしまう。

登場人物のそれぞれの感情とミステリーが相まって、感情を刺激される作品です。
西村京太郎シリーズの大満足作品です。

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