今回は小説『人魚が逃げた』青山 美智子(著)のご紹介!
本作品は、一つの世界を舞台とした短編小説となっています。それぞれの物語は登場する人物が共通していたりと、関連性があります。そのため、作品内の描写が別作品のストーリーで詳細化されていたり、伏線回収の要素も少しあります。
アンデルセンによって作られたおとぎ話『人魚姫』になぞらえて物語は進行していきます。各作品とも人物の感情が物語の行く末を担っており、感情移入しながら読み進めることができました。
書籍の情報を以下にまとめます▼
INFO
タイトル:『人魚が逃げた』
著者:青山 美智子
出版社:株式会社 PHP研究所
発売日:2024年11月
メモ:『人魚姫』をモチーフにした短編小説
あらすじ
小説を愛するすべての人に、この嘘を捧ぐーーーーーー
ある三月の週末、SNSで「人魚が逃げた」という言葉がトレンド入りした。どうやら「王子」と名乗る謎の青年が銀座の街をさまよい歩き、「僕の人魚が、いなくなってしまって・・・・・逃げたんだ。この場所に」と語っているらしい。彼の不可解な言動に、人々はだんだん興味を持ち始めーーーーーーー。そしてその「人魚騒動」の裏では、五人の男女が「人生の節目」を迎えていた。銀座を訪れた五人を待ち受ける意外な運命とは。「王子」は人魚と再会できるのか。そもそも人魚はいるのか。いないのか……。『人魚が逃げた』帯より
読書感想
助手席で眠られるのが嫌いなわけではない
「私の旦那って、車の運転をしている時に私が助手席で寝ちゃうと、すごく不機嫌になるんですよ」つまり、自分の夫の器の小ささを語っている。「そんなに助手席で寝られるのが嫌なのかな」こんな言葉もよく聞く。
客観的な話をするならば、私が車の運転をしている際、助手席の人が寝たところで悪い気はしない。むしろ、私の運転に安心感を抱いてくれている証拠でもあるため、少し誇らしさを感じる。
女性からすると、助手席での睡眠に対して肯定的な意見を持っている男性は、心が広い人であり、逆に否定的な意見を持っている人は心が狭い人という印象を抱いているのだろう。しかし、実際は根本的な考え方に差異が生じている。
先ほど、「客観的な話をするならば」という形で説明をした。しかし、現実問題として考えた時に「客観的」な考え方は誤りとなる。この場合の正しい考え方は、「主観的な話」となる。つまり、車を運転している際に助手席で寝られるのが嫌なのではなく、単に助手席に座っている人のことが嫌いなのだ。
嫌いな奴が当たり前のように助手席に座り、当たり前のように居眠りをする。その状態に憤りを感じているのだ。また、この状況を理解せず、「客観的な」考えとして「そんなに助手席で寝られるのが嫌なのかな」などと勘違いも甚だしい発言をしていることにむかつきを感じているのだ。
人工物の中に住む私たち
今この世の中に「自然」と呼べるものはどれだけあるのだろうか。人間の手によって何かしらの細工がされているものは自然とは呼べない。つまり、綺麗に管理され、色とりどりの花が植えられている花壇は当然、自然ではない。また、等間隔に植えられた桜並木も、どんなに咲き誇ったとしても自然ではない。
自然とは、それだけ作り出すことが困難であり、そもそも「作り出す」という表現をしている時点で存在し得ない。例えば、庭に植えたたんぽぽが綿毛をつけた。自然な風によってその綿毛が空を舞い、どこかの地面に落ちた。そこから育ったたんぽぽは自然と言えるのだろうか。
私たち人間の思考を圧倒的に凌駕するのが自然である。私たちが考えもしないことが起こり、奇跡的な出来事の繰り返しによって育まれる。自然の美しさを目の当たりにした時、私たちが抱く感想は、言葉にすることができない。
言葉にすることができない感動、表現のしようがない出来事。良くも悪くも、自然が織りなす現象は私たち人間の無力さを痛感させられる。
受けた相談を糧にする
他人から相談されるような人間になることは、幸せな人生を送る上でとても重要になる。相談事は常に、相談をしてくる人の立場に寄り添うことが大切だ。そうすることによって、より親身に対応してくれているという安心感を相手に感じさせることができる。
相談相手に寄り添う姿勢は、自分にとっても有益である。なぜなら、自分自身も相談する立場になるうるからだ。自分が対応した相談事はそのまま自分自身のナレッジとして持っておくことができる。また、自分の考えを言葉として発することで、具体的な表現としてアウトプットされることになる。
相談相手に届けた言霊は、自分自身に跳ね返ってくることもある。相談をされる回数を重ねるほど、自分の考えをアウトプットする機会も増える。考えや意見は、頭の中にしまっておくだけでは効果は得られない。
質問を受けたことに対する答えであっても、自分の考え方の指針として印象付けることができる。困ったときの引き出しは多いに越したことはない。これらの引き出しは、窮地の状況を打破する可能性も秘めている。
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