今回は小説『砂の家』堂場 瞬一(著)のご紹介!
誰にでも振り返りたくない過去はあるもの。ましてや、自分以外の誰かによって犯されてしまった過去は、さらに複雑な感情を抱くことでしょう。関係する他者がいることによって、自分の気持ちだけを整理すればいいわけではない。
本作品を読むと、私たち人間が住むこの世界には、望まない運命があり、その出来事によって自分の人生が左右されてしまうのだなと恐怖さえ感じます。また、自分の行動一つで他人の人生に影響を及ぼしてしまう可能性にも気が付かされます。
書籍の情報を以下にまとめます▼
INFO
タイトル:『砂の家』
著者:堂場 瞬一
出版社:株式会社 KADOKAWA
発売日:2021年2月
メモ:過去が現在に影響を与える物語
あらすじ
大手企業「AZフーズ」で働く浅野健人に、知らない弁護士から電話が。「お父さんが出所しました」健人が10歳のとき、父親が母と妹を刺し殺して逮捕された。以来「殺人犯の子」として絶望的な日々を過ごしてきたのだ。もういないものと、必死で忘れてきたのに。父の動向を気にする健人だが、同じ頃AZフーズ社長・竹内に、社長個人の秘密を暴露する脅迫メールが届く。竹内から息子のように信頼される健人は解決役を任されるが・・・・・・。
『砂の家』裏表紙より
読書感想
ハラスメントという武器を携えて
近年、ハラスメントという言葉は多様化し、何かに「ハラスメント」とつけるだけで、その行為が問題視されるようになっている。これには、自分の意見を主張できない人が気に食わないことを「ハラスメント」という武器に使っている面もあるのだろう。その中で「カスハラスメント」、つまり「カスタマーハラスメント」というものが存在する。消費者からのクレームがこれに該当し、消費者を相手にする業界において頭を悩ます問題の一つである。
一部では「お客様の声は貴重なご意見」として受け入れ、カスタマーファーストを徹底する姿勢を見せる者もいるが、その姿勢がかえって消費者の態度を助長する場合もある。本来、消費者と提供者は対等な関係であるべきだが、人間の心理ではサービスを受ける側が無意識に上位と考えてしまいがちである。サービス提供者はその役割を担っているだけであり、そこに上下関係は不要なはずだ。
しかし、提供者側も限界に達し、「カスタマーハラスメント」と名付けて応戦を始めた。だが、応戦するということは戦いを意味する。これまでは、耐えることで精神的に大きな負担を抱えつつも、戦いには発展していなかった。だが、戦う姿勢を示したことで、今後はどちらかが倒れ起き上がれなくなるまで拳を振り上げるしかない状況に陥るかもしれない。
別れ際にしかない悲しい感情
別れ話を切り出した相手が家まで押しかけてくるというのは、切り出した側からすると非常に迷惑な事態である。直接会ったところで、こちらの考えが変わることはなく、話し合いの必要性を感じていないからだ。こういった状況では、できる限り短時間での対応を心がけることが重要である。部屋には入れず、玄関先でのやり取りにとどめ、質問への返答も最小限の言葉で行うことが望ましい。長い説明をしても、相手が冷静に受け止められる状況ではないからだ。
このような場面では、短期決着を目指すことがポイントとなる。長引けばこちらの苛立ちが募り、その苛立ちが言葉の端々に表れることで、相手の不安や動揺をさらに煽る可能性がある。何事も始める時よりも辞める時の方が難しいというのは、こうした状況で特に実感する。相手が家を訪ねてきた時点で、ただただ早くこの場から立ち去ってほしいと願うのが本音であろう。
ようやく相手が立ち去り、長い交渉が終わると、安堵の気持ちが湧く一方で、その背中を見送りながら、不思議と悲しさを感じている自分にも気づく。あれほど「早くいなくなってほしい」と思っていたのに、相手が去った後には寂しさが押し寄せてくる。この複雑な感情は、人間関係の終わりにおいて多くの人が経験するものかもしれない。
頑丈に作ったはずの砂の家
私たち人間は、壊れた物を修理して使い続けることができる。ズボンに穴が空けば当て布をし、本が破れればテープで補修するように、人間関係も崩れた後に修復することは可能である。しかし、修復が可能かどうかは、その物や関係の「基礎」がしっかりしているかにかかっている。たとえば、質の良い生地で丁寧に縫われたズボンならば修理がきくが、もともと脆いものは修理しても再び壊れてしまう。これは、人間関係においても同じことが言える。
普段から信頼関係がしっかりと築かれている間柄であれば、多少のトラブルがあっても修復は容易である。しかし、信頼やリスペクトが欠けている関係では、一度壊れたものを元に戻すのは難しい。年齢を重ねるにつれて、コミュニケーションは意識して行わなければならなくなり、時には苦手なことにも取り組まなければならない。学生時代は、学校という場が自然と人間関係を育む環境を提供してくれたが、大人になるとそのような場はほとんど存在しない。
さらに、ビジネスの場では親密すぎる関係が逆に問題を引き起こすこともある。学生時代の関係は粘土のように柔軟で修正が容易だが、年齢を重ねて築く関係は、まるで砂で作った城のように脆く、一度崩れれば修復は困難である。だからこそ、大人の人間関係には慎重さと誠実さが求められ、それが関係を維持する上での基礎となるのだ。
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